荻野 正雄 (Masao OGINO)

粒子・格子連成スキームによる沿岸構造物災害影響評価

本研究は,平成28年度から平成29年度において公益財団法人JKAの補助を受けて実施したものである.

研究目的

本研究の目的は,流体である津波と沿岸構造物の相互作用を考慮するために,粒子型解法と格子型解法の連成スキームを開発し,地震等を起因とする津波が沿岸構造物に及ぼす影響評価を実施できる仮想実験システムを構築することである.

研究成果

(1) MPS法による流体解析システムの構築

津波の数値シミュレーションシステムとして,粒子型解法による流体解析システムの構築を行った.当初は粒子型解法としてMPS(Moving Particle Simulation)陽解法(東京大学の大地・越塚らが2010年に提案)を用いる計画であったが,調査並びに研究協力者との討論の結果,流体力を高精度に評価できることで知られている安定化ISPH(Incompressible Smoothed Particle Hydrodynamics)法(九州大学の浅井らが2014年に提案)も本研究の目的を達成するために有効であることが分かった.これにより,MPS法または安定化ISPH法による2種類の流体解析システムを構築し,両手法の精度や計算速度などの比較を行った.特に,MPS法は無償利用可能なオープンソースソフトウェアLexADV_EMPS,安定化ISPH法は研究協力者が所属する九州大学構造解析学研究室が開発する自作コードをそれぞれベースとし,ソフトウェア開発を行った.

LexADV_EMPSを文部科学省が整備する革新的ハイパフォーマンス・コンピューティング・インフラ名古屋大学FX100システムに移植し,MPS陽解法について計算機への実装最適化を行ったことで,効率的な大規模流体解析システムの開発に成功した.開発システムによる水柱崩壊解析の結果を図1に示す.これより,開発システムによって定性的に正しい計算結果が得られることを示した.また,スーパーコンピュータFX100システムを用いた数値実験により,1千台並列計算においても90%以上の高い並列効率を得ることに成功した(図2).さらに,勾配モデルとラプラシアンモデルについて理論性能に対して20%以上の高い実行効率を得ることに成功した(図3).

(a) 0.1秒後

(a) 0.7秒後
図1 MPS陽解法による水柱崩壊流れ解析(色は速度の大きさを表す)

図2 MPS陽解法による名古屋大学FX100システムの強スケーリング性能

図3 MPS陽解法の名古屋大学FX100システムにおける実行効率

(2) FEMによる構造解析システムの構築

構造物の応力解析を行うために,FEM(Finite Element Method)による構造解析システムとして,調査の結果,無償利用可能なオープンソースソフトウェアADVENTURE(研究代表者が開発者の一人)と有償の市販ソフトウェアABAQUSの2つを用いたシステム構築を行った.これらは,前者が計算速度に優れ,後者が鉄筋コンクリート材の損傷解析など解析機能に優れているなどの違いを持つ.開発システムによる仮想実験では,津波発生から定性的な被害予測をいち早く行いたい場合や事前に高精度な予測を行いたい場合など様々な目的があることが考えられ,さらにシステム利用者の予算規模などの要因もあるため,利用目的が異なるソフトウェアを切り替え可能なシステムとして構築を行った. 開発した構造解析システムを用いて,項目(3)の準備段階として,開発中であった(1)と(2)のシステムを連成させ,津波荷重を受けるビルの応力計算を行った.結果の例を図4に示す.

図4 FEMによる構造解析(津波荷重を受けるビルのミーゼス応力分布)の例

(3) 粒子-格子連成スキームの開発

動的津波荷重を受ける沿岸構造物の応力解析を行うために,粒子-格子連成スキームの開発を行った.一般的に粒子型解法による津波解析は数メートルの解像度で実施されるが,格子型解法による構造解析には数センチメートルの解像度が必要となり,連成解析では物理量の補間計算が必要となる.調査並びに研究協力者との討論の結果,流体構造境界面に流体解析に影響しないInterface Markerを配置し,粒子型解法の中で物理量の評価を行う技術を開発した(図5).これにより,Interface MarkerをFEMの境界上格子点と同じ位置にすることで,補間計算が不要となり,計算時間の短縮並びにデータ受け渡しの効率化が期待できる.

図5 新規開発したInterface Marker技術による粒子型解法と格子型解法の連成界面の取り扱い

前述した図3の実験では,津波から構造物への片方向のみデータ受け渡しを行う片方向弱連成解析として実施した.しかし,実際には津波と構造物の相互作用を考慮する必要がある.津波と構造物の相互作用を考慮する方法として,調査並びに研究協力者との検討の結果,逐次時差解法による弱連成解析(図6)を採用することとした.この場合,粒子型解法による津波解析と格子型解法による構造解析に加えて,両者を結合するカプラーが必要となる.調査の結果,カプラーとしては無償利用可能なオープンソースソフトウェアREVOCAP_Couplerを用いることとした.REVOCAP_Couplerは豊富な連成解析機能と大規模問題の並列解析に関する実績を有するが,格子型解法同士を結合する目的で開発されたものである.そこで,粒子型解法と格子型解法を結合するために,粒子法側にダミーメッシュ情報を付与することでREVOCAP_Couplerの利用を可能とする技術を開発した(図7).

図6 逐次時差解法による弱連成解析アルゴリズム

図7 新規開発したダミーメッシュ技術

(4) 流体構造連成解析システムの構築

 項目(1)〜(3)の成果を活用し,流体構造連成解析システムの構築を行った.特に,システムを本補助研究終了後も継続して開発を行うために,無償利用可能なオープンソースソフトウェアによる構築を行った.具体的に,粒子型解法のソフトウェアとしては研究協力者である九州大学構造解析学研究室の浅井准教授らによる自作コード,格子型解法には研究代表者が開発者の1人であるADVENTURE,カプラーとしては東京大学革新的シミュレーション研究センターが開発するREVOCAP_Couplerをそれぞれ用いた.開発システムの開発及び保守管理コストをソフトウェア規模の指標であるLOC(Lines Of Code) で評価したところ,元が数万行という規模であるソフトウェアに対して,わずか数百行の追加となっており,今後も継続的な開発・保守が可能であることが分かった.

 開発システムの品質評価を行う項目(5)の準備として,関連分野の文献調査を行った.その結果,弾性障壁付き水柱崩壊問題(Walhornらが2015年に発表)が広く用いられていることが分かった.この問題では,水柱が一気に崩壊して図8(a)の真ん中にある弾性壁に衝撃的な流体荷重を与えるものとなっている.本研究が対象とする津波荷重を受ける場合よりも解きづらい問題である.実際に数値実験を行った結果を図8(b)に示す.この実験結果を受けて,開発システムの改修を行った.

(a)問題設定

(b)変形の様子(色は圧力値で赤いほど高い値)
図8 弾性障壁付き水柱崩壊問題の計算結果

(5) 開発システムの品質評価

 開発システムの品質評価として,計算結果の妥当性確認を行った.項目(4)で採用したテスト問題である弾性障壁付き水柱崩壊問題において,弾性壁上部における変位の時刻歴を文献値と比較した例を図9に示す.図では,2次元MPS-FEM連成解析手法,2次元SPH手法,2次元Particle FEMによる計算結果と比較している.これより,定性的に妥当な結果が得られているが,さらなる改善が必要であることが分かった.そこで,安定化ISPH法における圧力ポアソン方程式の緩和係数に関するチューニングなどを行った.その例を図10に示す.

図9 弾性障壁付き水柱崩壊問題における既往研究との結果比較

図10 圧力ポアソン方程式の緩和係数が計算結果に与える影響評価

また,開発システムをスーパーコンピュータで効率的に動作させるためのMPMD(Multiple-Program Multiple-Data)実行向けのシステム改良を行った(図11).さらに,計算時間を短縮するために,REVOCAP_Couplerへのサブサイクル法(図12)組み込みを行った.サブサイクル法の有無が計算結果に与える影響の評価結果を図13に示す.これより,計算結果に大きな影響を与えることなく,計算時間を3倍高速化することに成功した.

図11 スーパーコンピュータ等におけるMPMD実行のためのコード改良

図12 逐次時差解法に対するサブサイクル法

図13 サブサイクル法有無による計算結果の比較

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